研究内容
統合的ストレス応答に関する研究紹介
統合的ストレス応答による病態形成機構の解明
小胞体ストレス応答の3つの経路の1つであるPERK経路は、統合的ストレス応答を活性化する4つの経路の1つでもあります。我々は小胞体ストレス応答におけるPERK経路の研究から発展して、統合的ストレス応答の研究も行なっています。小胞体ストレスを惹起すると、PERK経路以外にIRE1経路やATF6経路も活性化してしまいます。そこで、PERK経路が活性化により生理的にどのような働きをするかを明らかにするために、ストレスとは無関係にPERK経路のみを人工的に活性化できるシステムを開発しました。具体的には、PERKのキナーゼドメインに人工的なリガンドであるAP20187により2量体化するFv2Eドメインを融合したFv2E-PERKを、臓器特異的に発現できるプロモーターと組み合わせることで、様々な臓器で自在にPERK経路を活性化できるトランスジェニックマウスを作製しています。様々な臓器特異的にPERKを活性化させて解析することで、統合的ストレス応答は細胞に普遍的なタンパク質の翻訳制御などのプロテオスタシスの制御以外に、プロテオスタシスとは直接関係しない細胞内シグナルともクロストークして代謝などを調節されていることがわかってきました。我々はこれまでに、肝臓ではC/EBPファミリー転写因子を介して糖や脂質代謝を調節すること[1]、骨格筋ではFGF21を分泌して褐色脂肪細胞でのエネルギー消費を亢進させること[2]、脂肪細胞ではGDF15を分泌して食欲を抑制すること[3]など、統合的ストレス応答の活性化は生理的な機能の調節に必要であることを見出してきました。一方で、骨格筋で長期あるいは過剰に統合的ストレス応答を活性化するとサルコペニア様の筋萎縮となること[4]から、統合的ストレス応答が病態形成にも関与することがわかってきています。現在では様々な病因となっていることが明らかになりつつあり、生理的あるいは病的状態での統合的ストレス応答の意義を、今後の研究で明らかにしていきます。
1. Cell Metab 7, 520-532 (2008)
2. FASEB J 30, 798-812 (2016)
3. iScience 24, 103448 (2021)
4. PLoS One 12, e0179955 (2017)
統合的ストレス応答を標的とした創薬研究
統合的ストレス応答を活性化は、PERK以外に、GCN2、PKR、HRIの3つのキナーゼがそれぞれ異なるストレスを感知してeIF2αをリン酸化することを知られています。この4つのキナーゼ以外のキナーゼが存在するかを明らかにするために、ゲノム編集にて既知のeIF2αキナーゼ4つを全て欠失した細胞(4KO細胞)を作製しました。様々なストレスによりeIF2αがリン酸化されますが、4KO細胞ではどのような刺激でもeIF2αがリン酸化されず、eIF2αキナーゼは4つしか存在しないことが証明できました[5]。この4KO細胞でeIF2αキナーゼを1種類のみ過剰発現させたレスキュー細胞によってどのキナーゼがストレスの感知に対応しているかがわかるようになりました[5]。これは創薬探索にも応用することが可能で、癌やウィルス感染症の治療薬候補化合物がどのキナーゼによって活性化することを同定することができました[6],[7]。このように、統合的ストレス応答は様々な疾患の発症に重要な役割を果たすことが知られてきたので、私たちは統合的ストレス応答を標的とする新しい治療戦略を開発し、創薬シーズを同定することにも挑みます。
5. Sci Rep 6, 32886 (2016)
6. Blood Adv 3, 4215-4227 (2019)
7. Blood Adv 4, 1845-1858 (2020)