研究内容
小胞体ストレス応答に関する研究紹介
小胞体ストレス応答による病態形成機構の解明
小胞体ストレスには膵β細胞の障害機構の研究から出会いました。我々は小胞体ストレス一酸化窒素が小胞体ストレスを惹起し、膵β細胞は小胞体ストレスに脆弱であることを見い出すことができ、糖尿病の新たな成因として小胞体ストレスを提唱しました[1]。次に、小胞体ストレスのみで膵β細胞死が誘導されて糖尿病となることを、Akitaマウスの解析で証明できました[2]。さらに、小胞体膜を通過する前に分解される新たな小胞体関連分解経路を見出し、糖尿病を防ぐ働きをすることを報告しました[3]。小胞体ストレス応答は全ての細胞で起こるので、生理的あるいは病的状態での小胞体ストレス応答の意義について研究を進めるためには、小胞体ストレス応答の制御あるいは実行因子の臓器特異的ノックアウトマウスを作成して解析する必要があります。PERK経路の下流の実行因子ATF4を膵β細胞でノックアウトしたマウスの解析から、生理的な状態でのグルコース応答性インスリン分泌[4]や糖尿病状態での膵β細胞のアイデンティティ維持にATF4が必須であること[5]を見出すことができました。また国内外の共同研究により、小胞体ストレス応答が、神経細胞保護[6]、エネルギー代謝活性化[7]、自然免疫応答調節[8]、インスリン抵抗性[9]、動脈硬化形成[10]などに関与することを明らかにしてきました。このように、小胞体ストレス応答は小胞体でのタンパク質の品質管理に留まらずに幅広い細胞機能の制御に関与し、様々な病因となっていることが明らかになってきており、今後更なる研究で全容解明に迫ります。
1. PNAS 98, 10845-10850 (2001)
2. J Clin Invest 109, 525-532 (2002)
3. Cell 126, 727-739 (2006)
4. BBRC 611, 165-171 (2022)
5. Mol Metab 54, 101338 (2021)
6. Sci Rep 11, 13086 (2021)
7. Life Sci Alliance 3, e201900576 (2020)
8. Cell 177, 1201-1216 (2019)
9. Cell Rep 18, 2045-2057 (2017)
10. Circulation 124, 830-839 (2011)
小胞体ストレスを標的とした創薬研究
小胞体ストレスが様々な疾患の発症や重篤化の原因となることが明らかになっていますが、それらを単純化すると大きく以下の3つに分類できます。最初は、糖尿病のように、小胞体に正しく折りたたまれないタンパク質が蓄積し、細胞に有害な影響を及ぼす病気、2番目が神経変性疾患やウィルス感染症などのように、小胞体ストレス応答が低下して細胞が脆弱になり、病気になる病気、そして3番目が癌のように、小胞体ストレス応答を悪用して過酷な癌微小環境でも細胞が増殖して、病気になるケースがあります。小胞体ストレスを標的とした創薬戦略としては、それぞれの病因に対してタンパク質が正しく折りたたまれるのを助ける化学シャペロン、不足している小胞体機能を高める小胞体ストレス応答活性薬、悪用している小胞体ストレス応答を阻害する小胞体ストレス応答抑制薬が考えられます。我々はこれまでに、小胞体ストレス応答の分子機構を指標にした細胞センサーを作成して、国内外の製薬会社や大学や公的機関の化合物ライブラリーから上記のような作用を持つ化合物の探索を行なっています。これまでに化学シャペロン作用を持つIBT21を同定しており[11]、IBT21は2022年にFDAにALSの治療薬として承認された4PBAやTUDCAよりも強い活性を持つことから、神経変性疾患をはじめとする小胞体ストレス関連疾患に対する創薬シーズとして期待できます。一方で、小胞体でのプロテオスタシスを調整するKM04794も同定しており、KM04794は膵β細胞でインスリン合成を高めてインスリン分泌を改善する働きがあることを見出しています[12]た共同研究では、抗糖尿病作用が知られる化合物の中に小胞体ストレスや小胞体ストレス応答を調節する働きがあることを見出すことが出来ました[13], [14]。このようにUPRの分子メカニズムに基づく創薬アプローチで有望な結果が得られていることから、今後も様々な化合物ライブラリーから、より強力な化合物をスクリーニングしていく予定です。
11. Elife 8, e43302 (2019)
12. Cell Chem Biol 29, 996-1009 e1009 (2022)
13. Diabetes 61, 3084-3093 (2012)
14 . Diabetes 71, 424-439 (2022)